旅の方位磁針であり、地図でもある――そんなマガジンをお届けします
Fascinateは、設立から5年目を迎えました。この節目に、これまで但馬が伴走してきた企業やチームの歩みを、より多くの方々に紹介したいと思い、サイト内にマガジンを立ち上げました。
題してJourney of Lovable Companyです。
このマガジンでは、「顧客とスタッフに愛される経営」を、より身近に、より自分事として受け取っていただける記事をお届けしたいと考えています。
初回は、このマガジンに込める但馬の思いをお伝えしたいと思います。
(聞き手:ライター岡田寛子)
文脈に力が宿る
Photo by masa
――ホームページのリニューアルに合わせ、マガジンを創刊したいという構想をいただいたとき、タイトルのJourney of Lovable Companyが、とても但馬さんらしいと感じました。どうして「旅」なのか、但馬さんの言葉であらためておうかがいしたいなと思っています。
但馬:顧客やスタッフに愛される企業は日本中にあります。僕も、これまでさまざまなLovable Companyと出会い、伴走させてもらいました。その中で確信を持ったのは、「愛される企業」へと向かうプロセスには「文脈」がすごく大事だということでした。
文脈というのは、その企業がなぜはじまったのかという創業の物語であったり、あの経営危機でこの決断をしたとか、このお客さんの声があったからこの道に進んだというストーリーのことです。
僕が他社の事例をお伝えするときは、この文脈を丁寧に説明しています。なぜなら、文脈にこそ、人を動かす力が宿っていると思うからです。
たとえば、千葉県神崎町にある寺田本家は、創業から350年続く酒蔵です。圧倒的なLovable companyとして僕自身も愛して止まない企業の一つです。寺田本家は先代がご病気になられたとき、酒蔵の頭主みずからが腸を悪くするなんて何かが間違っているに違いないと確信し、酔う酒ではなく、人を活かすお酒を造り始めました。
原料を農薬が使われていないお米に変更し、機械化が進んだ製造工程を止め、可能な限りの手作業に変えていく。そうすることで生み出されたお酒は画一化したお酒とは異なり、味わい深く、活きたお酒となりました。すっきりとした味わいが好まれる日本のなかでは最初はなかなか受け止められなかったそうですが、徐々にファンが増えていき今に至っています。
Lovable Companyを創り上げているのは、こうした勇気ある決断や挑戦の、一瞬一瞬の積み重ねです。まさに、旅路――だからJourneyと名づけました。
このような文脈や物語は、企業内ではしっかり語り継がれていることもあるのですが、忘れられてしまっているものもある。さらに言えば、世の中に知られているものは意外と少ない。だから可視化し、記録しておきたいと考えました。
旅のはじまり
――fascinate創立からの5年は、どんなJourneyでしたか? どんな出会いや学びがあったのか聞かせてください。
但馬:クライミングで例えると、僕自身は素人に近いので「こんなところ登れるわけがない」「どこから登ればいいのかまったくわからない」と、自信を喪失するような壁があります。でもベテランのクライマーはそこをやすやすと登っていくんですよね。
つまり、レベル10の人の目で見ると、10のホールドしか見えない。でも、レベル50のベテランの目で見ると、レベル10のぼくには見えなかったホールドが見えてくるんです。
僕がパタゴニアにいたとき、愛される企業になるための”ホールド”つまりコツやエッセンスがいくつもありました。でも、パタゴニアの中にいるときは、その環境があまりに当たり前で、その価値に気づきもしなかったんです。
1997年にパタゴニアに入社して以来、そのミッションに邁進してきました。外部の方として、環境団体とのコミュニケーションはあったにせよ、一般企業とのつながりはなく、パタゴニアのような会社の価値や可能性に気づく機会がなかったように思います。
2012年頃に当時の経営陣で、もっとローカルとの縁を作っていこうということになりました。本社のベンチュラがとってもいいローカルコミュニティーをつくっていたんですよね。それを見本にしようと。
日本支社の経営陣のなかで、この取り組みに一番興味を強く感じたので、地域の企業をパタゴニア日本支社のオフィスに集めて交流会を始めました。それが僕の、社外の方とのつながりの始まりでした。
ぶつかった壁と人間探究
Photo by masa
但馬:交流会では、たくさんの方からお話をおうかがいしました。そして、事業戦略やブランド戦略に関して企業が抱えている課題は、僕がこれまで体験してきたことで解決できそうなものが多いと感じたことを覚えています。
さっきのクライミングの例えで言うと、僕はパタゴニアの中にいたことによって、有意性のあるホールドを見つけやすい環境にいました。しかもそれらはそんなに難しいものではなく、その視点を持つことができれば見つけられる、とってもシンプルなものなんです。
多くの企業との対話から「壁を登るためのホールド」を見つけられていない状況にある人が、少なからずいることに気づきました。
ホールドがないと、すでに多くの人が歩んでいる道を歩むしかないので競争にさらされます。また、それらのルートは遠回りであることも多いため、辛くなって途中でやめてしまっているケースもありました。
その後、僕はパタゴニアを通じた活動に違和感を持ちはじめ、転職などの紆余曲折を経て、独立しました。コンサルティング自体はパタゴニアにいる2014年ころから複業としてはじめていましたが、パタゴニアでやってきたことをお伝えすれば、困っている企業の役に立てるかもしれないと感じ、本格的にfascinateを創業したのです。2018年のことでした。
恥ずかしながら、最初はどんな企業も、簡単にパタゴニアみたいな企業になれると思っていました。ところが、パタゴニアの方法が日本企業の文化に合わなかったり、日本のスタッフにはとても難しいということにも気づかされることになりました。
僕の母親は外国人なのですが、生まれも育ちも日本です。ただその育て方はやっぱり少し日本のそれとは異なる部分も多かったようで、僕自身は日本の文化に馴染めないこともありました。
しかし、愛される企業をつくるというプロセスではやっぱりそこにいる人を深く知る必要があります。日本のこれまでの文脈を知ることは、企業を知ることにつながります。
幼少期から感じてきた違和感から「多様性を大事にしながらひとはわかり合い、ともに歩むことができるのか?」を考え続けてきたのですが、まさにその経験が糧になる旅路でした。
愛される企業になるための、いくつもの道
Photo by Tajima
――企業の伴走を通して但馬さん自身が大きく変わったのはどのようなことでしたか? それは、fascinateの仕事に、どのように活かされていますか?
但馬:愛される企業になるためには、パタゴニアの方法だけが正解ではないということをいろいろな企業から学ばせてもらいました。
もうかれこれ15年くらいのお付き合いになりますが、寺田本家との出会いはとくに大きな学びだったと思います。寺田本家は、パタゴニアとはまったく違うアプローチで愛され続けている企業です。
日本で350年も愛される企業をどうしたら続けていけるのか。寺田本家のファンとなり、その顧客の皆様と一緒に田植え/収穫してきたその旅路によって、僕は、パタゴニアの対極ともいえるその「あり方」を学ばせてもらいました。
それから、もうすでに活動としては終了していますが、2014年に始めた「ホーム」というコミュニティでは、様々な企業をお招きしてお話をうかがい、参加者も含めて対話をしました。4年間で大小含めて115回のイベントを行いました。そこには、パタゴニアとも寺田本家とも違う、いろいろなLovable Companyの型がありました。
考えてみれば当たり前のことなのですが、企業ごとにお客様が違う、そこで働くスタッフも違う。だから、どんな企業にも通じる一手というものはないんですよね。恋愛にいろいろな形があるのと同じように、Lovable Companyになるための戦略、つまり「最愛戦略」にも、いろいろな形があっていいということがわかったんです。
企業のJourneyを「組織」と「マーケティング」でサポートする
但馬:僕が色々な企業に伴走しはじめて感じた大きな違和感の一つは、多くの企業で「組織内の対話」にかける時間がものすごく少ないということでした。
良い事業は良い組織から生まれる。だから、一緒に働くひととのコミュニケーションを大切にしなければならない――とても当たり前のように感じることなのですが、実は企業内では組織内のコミュニケーションはまだまだ大きな課題です。
隣のひとが何を好きで、どんな価値観を持っているかを話したことがない。朝礼・夕礼もない。全社会議があっても社長だけが話し、数字の報告で終わる。このような会社が多くあります。
一方で、組織開発/コミュニケーションに注力するだけではうまく機能しにくいこともわかりました。良い組織であれば自然と良い事業が生まれ、お客さんもついてきてくれるわけではないからです。
出会ったその日に結婚することがないのと同じように、自社を愛してくれる顧客を、ていねいに育てていく必要がある。どんな企業にも関心を持ってもらえる事業を生み出す「イノベーション」と、それを届けていく「マーケティング」が大事なんです。
「愛される企業になるためには、組織開発とマーケティングの両輪を回していく」というfascinateの戦略が、だんだんと確立されていきました。
大切にしたいのはクリエイティビティが発揮される組織
Logo designed by chalkboy
――以前、お話をうかがったときに「環境問題」に取り組んでいくことは、但馬さんにとって大事なライフワークであるとおっしゃっていました。fascinateでの企業伴走は、そのライフワークとどのようにつながっていますか。
但馬:パタゴニア時代は、環境問題に関わる仕事をずっとしていました。この地球環境を次の世代により良い形でギフトしたいという想いは、パタゴニアを出てからも変わらず、むしろさらに強くなっています。
一方で、自分の特性や、自分の力が発揮できる状況を理解することも大事だと痛感しています。
パタゴニアをはじめとした様々な事業活動、及びコミュニティー運営を通じて、ひとの可能性がクリエイティビティを持って発揮されている状態に関わっていくことに、僕自身が心から喜びを感じることを実感しました。そのことを考えるといつもワクワクしますし、エネルギーが常に湧いてくるんです。
パタゴニアでは、いつもワクワクする事業が生み出されていきます。そんな営みが日本中、そして世界中に溢れている世界をつくってみたい。
僕は、ひとは本来クリエイティビティを持っていると信じています。でも、大人になるにつれ、どこか枠にハマった行動をすることを良しとされてしまい、その才能を奥に引っ込めてしまうことがあるように思います。
僕にはこうした慣習や傾向を丸ごと変えることはできないけれど、企業と一緒に人々のクリエイティビティが大事にされる組織をつくり、そこで挑戦的な営みがおこり、ファンをつくることはできる。
「二酸化炭素の排出量を減らす」とか「プラスチックに変わる素材を生み出す」といった環境問題へのアプローチには直接かかわっていないけれど、今の僕にとって、世界を良くしていく取り組みはこれなんだと雷に打たれたように気づいたんです。
道しるべは、DoingよりもBeing
Photo by Tajima
――fascinateの歩みは、但馬さん自身が「使命」と「自分の心が喜ぶこと」を一致させていく営みだったのですね。これからJourney of Lovable Company(愛される企業への旅)をはじめる方々に、このマガジンをどのように活用してもらいたいですか?
但馬:現代では、企業もひとも、とかく即効性のあるものを求めてしまいますよね。この仕組みを導入すれば組織開発できる、このアプリで効率的にファンを増やせるといったようなことです。そのやり方を否定はしないけれど、そのような選択をせず、一瞬一瞬に丁寧に向き合って、持続可能な事業を生み出してきた企業があるということも知ってもらいたいなと思うんです。
多くのひとが他の方法を知らないから「即効性があるように見えるもの」を選んでしまうのかもしれません。知ってみたら、そんな簡単な方法があるんだ! っていうこともたくさんある。
すでにご紹介したように、寺田本家では先代が自身のご病気をきっかけに、人々を活かすお酒を造ろうとお米にもこだわりました。当然、原価が上がってしまうので、これまでのような卸は難しくなり、本当に価値を理解してくださる方々との取引となりました。また直販も多くなったことで、顧客に自社のメッセージを肉厚に伝えることが出来るようになりました。
大事なことは、各種の決断(Doing)の背景にある、価値観/あり方(Being)に注目することなんです。
自社の旅路で悩んでいるひとは、他社のDoingを見て真似ることが多いものです。それは、Doingがメディアなどを通して世の中に紹介されることが多いからだと思います。一方で、その決断に至った、根底にあるBeingは言語化されることが少ないように感じます。ですから、ここに書かれたBeingがガイドになったらいいなと思っています。
面倒でも、手間がかかっても、心が感じているワクワク/価値観に沿った選択をする。
創業者およびスタッフがこっちだと思って進んだ一歩がファンを作っていく。そのことで安心して事業に邁進できる。
そうした事例を知ることによって、不安を感じながらも安心して挑戦につなげていただきたい。そして、自分の旅路をデザインするときの、方位磁針と地図にしてほしいのです。
とはいえ、ここに描かれたものも完璧な地図ではありません。自分の地図を自分でアップデートしていってほしいと思っています。
そして、愛される企業の物語に、自分の心が震えるのがわかると思うんです。その震えが旅の方位磁針です。本当はこっちの方向に行きたいというサインなんです。
「効率が大事」「売り上げが大事」という強力な磁石のそばに長い間おかれた磁石は、くるっているかもしれない。だから、自分の中の方位磁針を、もう一度チューニングするために、このマガジンを読んでもらえたらなと思っています。